【編集部厳選】下関駅 × 史跡のおすすめスポット4選!

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萩藩新地会所跡

山口県下関市にある「萩藩新地会所跡」は、史跡として知られる場所です。ここは、1864年に高杉晋作が藩政改革を唱え、萩藩新地会所を襲撃した場所でもあります。萩本藩の出先であったここは、当時の激動の時代背景を物語る貴重な場所として、多くの人々に訪れられています。

【住所】山口県下関市上新地町1丁目2-1

高杉晋作療養の地

山口県下関市桜山町にある「高杉晋作療養の地」は、史跡として知られています。小倉戦争の際、高杉晋作は長州軍を率いて幕府軍と激戦を繰り広げましたが、この戦いで結核が悪化しました。そこで、桜山神社付近に小さな家を建て、野村望東尼や愛人おうのの看病による療養生活を送ったのです。現在は、その場所に石碑が建てられており、多くの人々が訪れています。

【公式サイト】http://www.oidemase.or.jp/smartphone/tourism-information/spots/17098
【住所】山口県下関市桜山町3-23
【電話】083-231-1350

高杉東行終焉の地

「高杉東行終焉の地」は、山口県下関市新地町にある観光名所であり、史跡でもあります。ここは、小倉戦争で高杉晋作が指揮する長州軍と幕府軍が激戦を繰り広げた場所であり、高杉晋作はこの戦いで結核が悪化し、桜山神社付近に小さな家を建て、野村望東尼や愛人おうのの看病による療養生活を送っていました。しかし、若さのあまり27歳でこの地で亡くなりました。高杉東行とは、高杉晋作のことであり、彼の最期の場所として多くの人々に訪れられています。

【住所】山口県下関市新地町3-22

白石正一郎旧邸跡

山口県下関市竹崎町にある白石正一郎旧邸跡は、史跡として知られています。白石正一郎は、萬問屋を営む家に生まれ、国学を学び、西郷隆盛や高杉晋作らと親交を深め、尊皇攘夷の志に影響を受けました。坂本龍馬も一時、この邸に身を寄せていたといいます。正一郎は奇兵隊の会計方を務め、赤間神宮の2代宮司となりました。現在は、赤間神宮の背後の紅石山に奥都城が建てられ、隣には真木保臣の次男・真木菊四郎の墓が並びます。子供と一緒に大人も楽しめ、駅からも近いという口コミがあります。

【住所】山口県下関市竹崎町3丁目8